アジア無銭旅行 金子光晴

明治生まれの詩人・金子光晴のアジアの旅に関連する詩や紀行文を集めた作品。
中国や東南アジアを不得手の絵画を売って日銭や交通費を稼ぎつつ旅をしたことなどが収録されている。

金子光晴は破天荒な詩人だ。本書の後半に収録されている年表にもぜひ目を通していただきたい。wikipediaでもその経歴が詳細に記載されている。
ぱっと目に付くところでは、14歳で房総半島を横断し、早稲田、慶応、東京芸大をいずれも中退している。また晩年こそたくさんの詩集の刊行しているが、若い頃は養父の遺産で放蕩生活をしていたようだ。

放蕩生活の後、金銭的に困窮する時代も、旅費を稼ぎながらアジア・ヨーロッパを旅するなど奔放の限りを尽した。本書に収められている作品の多くはその旅をテーマとしたものである。

それにしても大正もしくは昭和初期という時代にこういう地ベタを這いずるような旅をしていた人物が存在していたということに驚く。欧米列強の先進国に遊学というのは既に珍しい時代ではないが、シンガポールやマラッカの安宿で食費にも困っていた日本人がいたとは。

放浪の様子については、こちらのブログ記事がよく表していて面白い。
金子光晴の放浪3部作メモ(1): Days of Books, Films & Jazz

この本、そして金子光晴という人物に出会えて幸運だった。
尊敬の念がわきあがってきてやまない一冊。

アジア無銭旅行 (ランティエ叢書 (18))
金子 光晴
角川春樹事務所
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おすすめ度の平均: 5.0

5 そこはかとなき閉塞感からの解放もありうる〜〜〜

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全東洋街道(下) 藤原新也

全東洋街道は藤原新也が1980~81年にかけてトルコから高野山までの自身の旅を記録したフォトドキュメンタリー。
1982年毎日芸術賞受賞作。

本書下巻はチベット、タイ・チェンマイ、ビルマ・ラングーン、上海、香港、ソウル、そして高野山。
上巻から引き続き、概念的なのに忠実でもある独特の描写と、芸術的とさえ言える写真で綴っている。

まず印象的だったのは、チベット・ラダック地方のさらに山奥の辺鄙な寺で、その僧侶と同じく極限まで切り詰めた生活を行うことだ。
食事に関しては、夕食がない上に主食はパパという土のかたまりのようなもの。著者は五日目まで心身ともに衰弱してゆく。
そして六日目。

私は六日目の舌の革命というものを未だ忘れ難く思い出す。人の生きていく力の神秘に今でも驚いている。その六日目、私は忽然とあの大きな土のかたまりのようなものを全部たいらげた。とつぜん、それに味を感じ、おいしいと感じはじめたのだ。この時、今までほとんど私のことに関心を寄せなかった僧たちの顔に笑みが浮かんだのを見て私は内心ドキリとした。

舌の革命。
これは本当に経験した者にしかできない表現だ。
こういうフレーズに出会えるから旅行記や紀行文は面白い。

ビルマ・ラングーン、チェンマイ、上海を経て、香港へ。
ここで著者は、かつて豚の膀胱を浮き輪がわりに広東から泳いで渡ってきた兄弟と出会う。
このくだりはほとんどがその兄弟の声で展開されるのだが、妙に心に響いてきた。

・・・思えばもうあれから十四年も経ってるわけだな。こんなみすぼらしい生活やってるから家族に手紙も書けない始末だ。

そして雪のソウルを経て、高野山へ。
ここでこの1年以上に渡る東洋の旅を振り返る。

キリスト教、イスラム教、ヒンドゥ教、仏教。
鉱物世界と植物世界。抽象環境と自然環境。
これらのキーワードで東洋を総括し、東洋の東の果て、日本を思索する。

本書に綴られているのはほぼ30年も前の東洋の異国のことである。
にも関わらず、ものすごくノスタルジーに近い感情を呼び起こされる。
異国の地であるのに、どういうわけか原風景に出会ったような不思議な気持ちになることがあるが、まさにそういった不思議な気持ちに何度もさせられてしまう。
本書を読むという行為はそれ自体が一つの旅と言えるかもしれない。

全東洋街道 下 (2) (集英社文庫 153B)
藤原 新也
集英社
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4 チベットの空
5 フスマを食べる・・?

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