地雷を踏んだらサヨウナラ 一ノ瀬泰造

26歳でこの世を去った戦争カメラマン一ノ瀬泰造の書簡集。写真の掲載も多数。

著者の一ノ瀬泰造は1972〜1973年にかけてベトナム・サイゴン(ホーチミン)、 カンボジア・プノンペン、同じくシェムリアプなどで、ベトナム戦争やカンボジア内戦を取材。 多くの写真を撮影した。UPIニュース写真月間最優秀賞も受賞している。本書に収められている書簡は、そのときに日本にいる両親や友人、先生等に宛てたものである。 1999年浅野忠信主演で映画化され、話題となった。

本書で浮かび上がる素顔の一ノ瀬泰造は、野心的で、無謀で、そして底抜けに明るい。

そんな若さの溢れる著者だったから戦争の悲惨さを撮り続けることができたのだろう。まさに命をかけて、好きなこと=写真に取り組んだその姿はあまりにも眩しい。

若さとはこんなに素晴らしいものだったのかと感動せずにはいられなかった。

ぜひ若者に読んでほしい一冊だ。 また、僕自身息子がいる立場になったからだろうか、改めて読み返すと、 息子の活躍を喜びながらも身を案じる母親の文面にひどく共感してしまった。 カンボジアでその亡き骸を確認したときの両親の姿を思うと、込み上げてくるものがある。

最後に、一ノ瀬泰造が目指したアンコールワットは、今や最もポピュラーな世界遺産の一つだ。 確かに素晴らしい建造物でレリーフも美しく、芸術的にも見るべきところは多いだろう。 しかし、かつてはクメール・ルージュの拠点であり、弾痕もまだ残っている。 撤去が進んでいるものの周辺には地雷もまだ埋まったままだ。

訪れる機会があれば、カンボジアの痛々しい歴史にもぜひ目を向けて欲しい。

地雷を踏んだらサヨウナラ (講談社文庫)
一ノ瀬 泰造
講談社
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アジア無銭旅行 金子光晴

明治生まれの詩人・金子光晴のアジアの旅に関連する詩や紀行文を集めた作品。
中国や東南アジアを不得手の絵画を売って日銭や交通費を稼ぎつつ旅をしたことなどが収録されている。

金子光晴は破天荒な詩人だ。本書の後半に収録されている年表にもぜひ目を通していただきたい。wikipediaでもその経歴が詳細に記載されている。
ぱっと目に付くところでは、14歳で房総半島を横断し、早稲田、慶応、東京芸大をいずれも中退している。また晩年こそたくさんの詩集の刊行しているが、若い頃は養父の遺産で放蕩生活をしていたようだ。

放蕩生活の後、金銭的に困窮する時代も、旅費を稼ぎながらアジア・ヨーロッパを旅するなど奔放の限りを尽した。本書に収められている作品の多くはその旅をテーマとしたものである。

それにしても大正もしくは昭和初期という時代にこういう地ベタを這いずるような旅をしていた人物が存在していたということに驚く。欧米列強の先進国に遊学というのは既に珍しい時代ではないが、シンガポールやマラッカの安宿で食費にも困っていた日本人がいたとは。

放浪の様子については、こちらのブログ記事がよく表していて面白い。
金子光晴の放浪3部作メモ(1): Days of Books, Films & Jazz

この本、そして金子光晴という人物に出会えて幸運だった。
尊敬の念がわきあがってきてやまない一冊。

アジア無銭旅行 (ランティエ叢書 (18))
金子 光晴
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5 そこはかとなき閉塞感からの解放もありうる〜〜〜

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街道をゆく〈6〉沖縄・先島への道 司馬遼太郎

Posted 1月 18th, 2010 by kzmr and filed in 司馬遼太郎

「街道をゆく」は、司馬遼太郎が各地の街道を歩きながら、独自の論を交えつつその地理・歴史・文化を綴る紀行文である。
今回の「街道をゆく」は1974年に沖縄・八重山諸島を旅した記録。目次と歩いた道は次の通り。

1章 那覇・糸満

・那覇へ
・沖縄について
・那覇で
・ホテルの食堂
・空港の便所で
・糸満にて

那覇市~糸満市

2章 石垣・竹富島

・石垣島
・宮良殿内(みやらどんち)
・竹富島へ
・竹富島のT君
・東シナ海の見張所
・森の中の鍛冶遺跡
・鉄と星砂
・蒐集館(しゅうしゅうかん)の館主
・波照間の娘

犬の井戸〜牛岡(ンブフル)〜鍛冶場遺跡~星砂の浜~喜宝院蒐集館~島仲家~安里(あさと)家

3章 与那国島

・与那国島へ
・南国食堂
・小さな魚市
・商売と商人
・女の長の世
・花酒
・村の劇場

祖納(そない)~波多(なんた)浜~門中墓(ムンチュバカ)~サンニヌ台~トゥング田

wikipedia
沖縄・先島への道(ダイジェスト)

ひとこと
特に印象に残ったのは1章の「空港の便所で」だ。「排泄された大便がそのまま流されずにでんとうずくまって」いて、地元の青年は「こんなことをする人、本土の人にきまっているよ」と言う。司馬遼太郎は「なるほど、これが沖縄人からみた本土人の象徴かもしれない」と考えた。さらに、「あらあらしく脱糞してそのまま行ってしまうという感覚は、本土資本の沖縄の土地買い占めというたけだけしさにも、むろん通じている」と言っている。真面目な話なのか冗談交じりなのか、微妙な言い回しがおかしくて、ついつい笑ってしまった。
この脱糞の話もそうだが、どうも本書での司馬遼太郎はいつもより感情的というか自己主張が多いような印象を受けた。例えば、石垣島のリゾートホテルに宿泊した際に「モーターボートの爆音が、なんだかばかばかしかった」と遊びに興じる若者をはっきり非難しているし、逆に波照間出身の娘と他愛のない、また実のない会話を楽しんだりしている。八重山の開放的な空気が著者をそうさせたのだろうか。こんなに茶目っけのある作品は珍しい。
とは言え、やはり沖縄問題や八重山の歴史・文化に対する造詣や考察は非常に興味深い。1974年に書かれたものではあるが、搾取されていた時代、そして痛々しい戦争の時代など、僕ら一般の旅行者が知らなきゃいけないことは山ほどある。沖縄・八重山を深く知る上でマストな一冊だ。

ワイド版 街道をゆく〈6〉沖縄・先島への道
司馬 遼太郎
朝日新聞社
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おすすめ度の平均: 4.0

3 司馬さんと須田画伯の沖縄珍道中。
5 司馬さんが見た沖縄。
4 どこかうつろな旅

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街道をゆく〈1〉甲州街道、長州路ほか 司馬遼太郎

Posted 1月 8th, 2010 by kzmr and filed in 司馬遼太郎

「街道をゆく」は、司馬遼太郎が各地の街道を歩きながら、独自の論を交えつつその地理・歴史・文化を綴る紀行文である。
第一巻となる本書の目次と歩いた道は次の通り。

1章 湖西のみち

・楽浪(さざなみ)の志賀
・湖西の安曇人
・朽木渓谷
・朽木の興聖寺

大津市~穴太(あのう)~安曇川町(あどがわ)~朽木谷(興聖寺)

2章 竹内街道

・大和石上(いそのかみ)へ
・布留(ふる)の里
・海柘榴市(つばいち)
・三輪山
・葛城山
・竹内越

天理市〜布留(石上神宮)〜三輪山(大神神社)〜竹内峠

3章 甲州街道

・武蔵のくに
・甲州街道
・慶喜のこと
・小仏峠
・武州の辺彊

八王子市〜小仏峠

4章 葛城みち

・葛城みち
・葛城の高丘
・一言主(ひとことぬし)神社
・高鴨の地

笛吹(火雷神社)〜森脇(一言主神社)〜高鴨神社

5章 長州路

・長州路
・壇之浦付近
・海の道
・三田尻その他
・湯田
・奇兵隊ランチ
・瑠璃光寺など
・津和野から益田へ
・吉田稔麿の家

下関市(赤間宮)〜山口市(湯田温泉・瑠璃光寺)〜津和野町〜益田市

wikipedia
甲州街道、長州路ほか(非常によくまとめられている)

ひとこと
ワイド版には言及されている地名や寺社名が記載された地図があり、著者の辿る道すじが分かりやすいのでおすすめ。旅行のルートを決めるのにも役立つ。
本書で特に印象深かったのはまず、竹内街道の三輪山の章あたり。三輪神社が日本最古の神社で、伊勢神宮の方がはるかに新しいというのは驚きだ。大和の国の成立以前からの先住民族なども登場し、たいへん興味深い。
五章の長州路も面白い。「長州人論は、おもしろい」と著者自身が言っているように、多くの長州出身の人物に言及する。特に幕末から明治初期にかけての時代に興味のある人は必読だろう。

ワイド版 街道をゆく〈1〉甲州街道、長州路ほか
司馬 遼太郎
朝日新聞社
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おすすめ度の平均: 3.5

4 これが、街道をゆくか。
3 歴史と地域

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