旅のうねうね グレゴリ青山

独特な味わいのある絵と登場人物たちの旅心をくすぐるやりとり。なによりそのゆるい空気感。芸術の域に達した感のある旅情あふれる旅コミックエッセイ。2012年7月31日刊行。

よい思い出のある旅先は、もう二度と戻れない桃源郷のようなところだと思う

冒頭の「サデックの一日」という章の最後の一コマ。草木の生い茂る田舎道を進むおんぼろ小型バスの後ろ姿の絵に添えられた文章だ。もうこのシーンだけで僕はキュンキュンきた。ツボというかなんというか。そして本書にはそんなシーンがこれでもかというくらい満載なのだ。

旅の思い出って船の航跡に似てる。進んでいく時、船のまわりにうねうねした波の模様ができて、やがて消えていく。旅をしている人のまわりにも、うねうねとした思い出の模様ができる。

あとがきから。あぁ。つまり僕はそのうねうねにときめくのだな。例えば、長期旅行から帰ってきたばかりの人の話が楽しいのは、旅そのものの話じゃなくて、まだうねうねした模様がはっきりしていて、なんならまだそいつ自身がうねうねしているからなんだろうな。なかなかうまく説明できないし、説明しようとも思わないけど、特につげ義春田中小実昌あたりにときめく人にはオススメ。とにかく旅好きな人にとってはとても満足度の高い一冊だというのは間違いない。

旅のうねうね
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アジア無銭旅行 金子光晴

明治生まれの詩人・金子光晴のアジアの旅に関連する詩や紀行文を集めた作品。
中国や東南アジアを不得手の絵画を売って日銭や交通費を稼ぎつつ旅をしたことなどが収録されている。

金子光晴は破天荒な詩人だ。本書の後半に収録されている年表にもぜひ目を通していただきたい。wikipediaでもその経歴が詳細に記載されている。
ぱっと目に付くところでは、14歳で房総半島を横断し、早稲田、慶応、東京芸大をいずれも中退している。また晩年こそたくさんの詩集の刊行しているが、若い頃は養父の遺産で放蕩生活をしていたようだ。

放蕩生活の後、金銭的に困窮する時代も、旅費を稼ぎながらアジア・ヨーロッパを旅するなど奔放の限りを尽した。本書に収められている作品の多くはその旅をテーマとしたものである。

それにしても大正もしくは昭和初期という時代にこういう地ベタを這いずるような旅をしていた人物が存在していたということに驚く。欧米列強の先進国に遊学というのは既に珍しい時代ではないが、シンガポールやマラッカの安宿で食費にも困っていた日本人がいたとは。

放浪の様子については、こちらのブログ記事がよく表していて面白い。
金子光晴の放浪3部作メモ(1): Days of Books, Films & Jazz

この本、そして金子光晴という人物に出会えて幸運だった。
尊敬の念がわきあがってきてやまない一冊。

アジア無銭旅行 (ランティエ叢書 (18))
金子 光晴
角川春樹事務所
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おすすめ度の平均: 5.0

5 そこはかとなき閉塞感からの解放もありうる〜〜〜

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印度放浪 藤原新也

Posted 12月 23rd, 2009 by kzmr and filed in 藤原新也

旅本の大御所・藤原新也の処女作。1972年発表。
1960年代後半に一人、カメラを手にインド全土を放浪した記録である。
芸術的な写真と詩のような文章で綴られる独特のスタイルはここに始まった。

さてどう紹介したらいいものか。一筋縄じゃいかない。帯の言葉を引用する。

近代という病いの末期に生きる一人の青年が、原初の土地=インド亜大陸を巡りつつ、蝕まれた肉体と精神を恢腹していく——行動する思索家・藤原新也の処女作。

これで少し空気感を感じてもらえるかもしれない。僕はまだ生まれていないが、60年代といえば、ベトナム戦争や学生運動、安保闘争、高度経済成長による物質主義など、「これでいいのか?」という疑問がその時代を生きた人、特に若者に強烈に芽生えた時代だったのだと思う。
そんな時代に若かりし藤原新也はインドへと飛び出した。今でこそインドの情報は満ち満ちているが、当時はわずかだったろう。
未知といってもいいインドへ著者を駆り立てたもの。本書でも言及されているが、一言で言えば若さだと思う。若さゆえの無謀さと言ってもいいかもしれない。さらにその若さ・無謀さはインド放浪を経て、本書に見られる前衛的な写真と文章という表現に昇華した。
この表現が一時的な流行で終わることなく、今でもなお色褪せないのは、一人の若者の魂に共鳴するからだ。
今でこそカジュアルなインド旅行は珍しくなく、むしろ主流になっている感すらあるが、インドへの旅と聞くとどこか哲学的で厭世的な印象を受けるのは本書が少なからず影響しているのだろう。
説明を重ねてもしょうがない気がしてきた。
とにかく、永遠の名著だ。

印度放浪 (朝日文庫)
印度放浪 (朝日文庫)
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藤原 新也
朝日新聞
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おすすめ度の平均: 4.0

5 衝撃だった。
3 情熱的、絵画的ですが・・
5 才能に出会った。静かで、真摯な、人生に対する一つの視点
3 青春の「熱」を感じる本
4 写真が良い。あの美しい少女は今頃・・・

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全東洋街道(下) 藤原新也

全東洋街道は藤原新也が1980~81年にかけてトルコから高野山までの自身の旅を記録したフォトドキュメンタリー。
1982年毎日芸術賞受賞作。

本書下巻はチベット、タイ・チェンマイ、ビルマ・ラングーン、上海、香港、ソウル、そして高野山。
上巻から引き続き、概念的なのに忠実でもある独特の描写と、芸術的とさえ言える写真で綴っている。

まず印象的だったのは、チベット・ラダック地方のさらに山奥の辺鄙な寺で、その僧侶と同じく極限まで切り詰めた生活を行うことだ。
食事に関しては、夕食がない上に主食はパパという土のかたまりのようなもの。著者は五日目まで心身ともに衰弱してゆく。
そして六日目。

私は六日目の舌の革命というものを未だ忘れ難く思い出す。人の生きていく力の神秘に今でも驚いている。その六日目、私は忽然とあの大きな土のかたまりのようなものを全部たいらげた。とつぜん、それに味を感じ、おいしいと感じはじめたのだ。この時、今までほとんど私のことに関心を寄せなかった僧たちの顔に笑みが浮かんだのを見て私は内心ドキリとした。

舌の革命。
これは本当に経験した者にしかできない表現だ。
こういうフレーズに出会えるから旅行記や紀行文は面白い。

ビルマ・ラングーン、チェンマイ、上海を経て、香港へ。
ここで著者は、かつて豚の膀胱を浮き輪がわりに広東から泳いで渡ってきた兄弟と出会う。
このくだりはほとんどがその兄弟の声で展開されるのだが、妙に心に響いてきた。

・・・思えばもうあれから十四年も経ってるわけだな。こんなみすぼらしい生活やってるから家族に手紙も書けない始末だ。

そして雪のソウルを経て、高野山へ。
ここでこの1年以上に渡る東洋の旅を振り返る。

キリスト教、イスラム教、ヒンドゥ教、仏教。
鉱物世界と植物世界。抽象環境と自然環境。
これらのキーワードで東洋を総括し、東洋の東の果て、日本を思索する。

本書に綴られているのはほぼ30年も前の東洋の異国のことである。
にも関わらず、ものすごくノスタルジーに近い感情を呼び起こされる。
異国の地であるのに、どういうわけか原風景に出会ったような不思議な気持ちになることがあるが、まさにそういった不思議な気持ちに何度もさせられてしまう。
本書を読むという行為はそれ自体が一つの旅と言えるかもしれない。

全東洋街道 下 (2) (集英社文庫 153B)
藤原 新也
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おすすめ度の平均: 4.5

4 チベットの空
5 フスマを食べる・・?

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全東洋街道(上) 藤原新也

全東洋街道は藤原新也が1980〜81年にかけてトルコから高野山までの自身の旅を記録したフォトドキュメンタリーである。
1982年毎日芸術賞受賞作。
本書上巻はトルコ・イスタンブール、アンカラから黒海、シリア、イラン、パキスタンを経て、インド・カルカッタまでをカバーしている。

この全東洋街道をどういう内容の作品か、説明するのは難しい。
その文章は旅行記あるいはルポルタージュであり、詩でもある。
その写真は報道写真のようなドキュメンタリーであり、芸術でもある。

インド・カルカッタ。
ある夜、著者が定宿としている雑居ビル(女郎屋もある!)の屋上で、
カルカッタという街固有の匂いを「街の精液の匂い」と過激に表現している。

風が吹いて街がまた匂ってくる。
街の精液の匂いだ。
日々放出され腐敗し地面に浸み込み、壁にはりついている人々の汗、息、脂、排気ガス・・・鉄錆びの匂い、焼けた豚、山羊のなま肉、鼻を突く香辛料、熟したパパイヤの甘い香、食堂から吹き出される焼けたココナッツオイル、祭壇の香煙、熱帯の女の化粧、男の髪のマスタードオイル、ジャスミンの香、腐った河、なめし皮、大麻の煙、街路樹・・・昼間の太陽の残り香・・・そして雨の匂い。

しかし、これほどインドの街のあの匂いを再現している描写が他にあるだろうか。
その上、どことなく詩のような響きがあり、いつの間にか読者をトリップさせる。

本書の旅から30年近く経た今、どの街も表面上の様相は大きく変わり、
旅の情報源としては機能しないかもしれない。
しかし、本書の芸術性と価値は間違いなくこれからも高まっていくだろう。

全東洋街道 上 (集英社文庫 153-A)
藤原 新也
集英社
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おすすめ度の平均: 4.0

4 トルコの暗さ
4 雨が降ったら、ぬれる。
5 旅行が好きな人もそうでない人も
4 気に入った

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